びび子の日記…

人生半ばで獣医師になった人間が、仕事のこと、将来のこと、愛猫のこと、日常のことなどを綴ってみました。

主従関係の誤解

 「うちの犬、全然言うこと聞いてくれないのよ」

 「それって、あなたのことを自分より下に見ているのよ。飼い主が上だっていうことをわからせないとだめよ」

 

 以前、犬の飼い主さん同士が話していたこんな会話を聞いたことがある。果たして、本当に犬はあなたのことを下だと思っているのだろうか?

 

 「犬は飼い主を群れの一員とみているため、一家のトップの座を狙って、飼い主を『支配』しようとしている」という考えはいまだに浸透している気がする。飼い主は犬の地位を格下げすることが大切で、そのためにはマズルコントロール(マズルをつかんで離さない)など、犬の嫌がることを無理やりでもやって言うことをきかせることが大切であり、いうことをきかない時には犬の嫌がる音を鳴らしたり、チョークチェーンで首にショックを与えたり、最終的には体罰を与えてでも飼い主の威厳を示さないといけない…なんてことを聞いたことがないだろうか?

 

 なぜこのような考えが生じたのだろう?

 オオカミは犬の祖先であることが知られている(オオカミと犬は祖先が共通であるという説もある)。オオカミの群れには厳しい序列があり、食べ物や寝床、繁殖相手など限られた資源を確保する際には、順位の高い個体に優先権がある。順位の低い個体がこうしたルールを守らず挑発的な行動をとった場合には、順位の高い個体が攻撃性を示してこれをたしなめる。犬の祖先はオオカミであるという考えから、人間という家族の一員として飼われている犬も、オオカミの群れに見られるような序列を飼い主やその家族の中に見出していると当然のように考えられていた。

 

しかし、ここで大きな間違いがあった。今までペットの犬を理解するためのモデルとしていたのは、無理やり同じ場所に閉じめられ、血のつながりのない相手と争いを繰り返している動物園のオオカミだったのである。野生のオオカミの群れは、家族や親戚などで構成され、何よりもその絆を大切にする。その中で、支配的なオオカミは群れの安全を守る単なる群れのリーダーにすぎず、繁栄していくために群れのメンバー同士が互いに協力し合う集団であることがわかってきた。

 

 では、犬は人間である飼い主のことをどう思っているのだろうか。

 イヌ科の動物は群れで生活をする動物であるから、飼い主のことを自分の群れの一員とみているのは間違いないと思う。しかし、その群れは動物園のオオカミの群れではない。人間が犬を飼いならし、共に生活をするようになった歴史を考えると、人間が自分たちの家族に加わったと考えているのではないだろうか。ここでいう「家族」とは、血のつながりを意味しているのではなく、メンバーが一緒に暮らし、お互いをよく知っているから協力し合える集団を意味する。そこには、利益や敵意に基づく「支配」や「階層」を思わせる行動は存在しない。

 

 残念なことに、犬は飼い主を支配しようとしているという考えを基本としている犬のしつけ本やドッグトレーナーはいまだ健在である。最初の方で述べたような体罰まではいかないとしても、犬に家族を支配させないために、例えば、同じベッドで一緒に寝てはいけない、飼い主の食事が終わるまでは犬にエサを与えてはいけない、遊びは飼い主の方から終わらせないといけない、ひっぱりっこの遊びをする時は犬に勝たせてはいけない…くらいのアドバイスは聞いたことがないだろうか?ひっぱりっこで犬に勝たせてあげたからといって、犬が支配的になることはない。このようなアドバイスを忠実に守っていたら、楽しいはずの犬との暮らしが挑戦の日々に変わってしまう。

 

 だからといって、何でも犬の好き勝手にやらせていいわけではない。人間社会で一緒に生活していくためのルールは、飼い主が教えてあげなくてはならない。犬も人間もずっと幸せに過ごすために、飼い主が犬を導いてあげる必要がある。

 

 イギリスの百貨店チェーンの創立者ハリー・ゴードン・セルフリッジ氏が「ボスとリーダーの違い」について語った以下のセリフがありますので紹介したい。有名なので、ご存じの方も多いかもしれないが…。

 

 ボスは部下を追いたてる。リーダーは人を導く。

 ボスは権威に頼る。リーダーは志・善意に頼る。

 ボスは恐怖を吹き込む。リーダーは熱意を吹き込む。

 ボスは私と言う。リーダーはわれわれと言う。

 ボスは時間通りに来いと言う。リーダーは時間前にやってくる。

 ボスは失敗の責任をおわせる。リーダーは黙って失敗を処理する。

 ボスはやり方を胸に秘める。リーダーはやり方を教える。

 ボスは仕事を苦役に変える。リーダーは仕事をゲームに変える。

 ボスはやれと言う。リーダーはやろうと言う。

 

 この引用はビジネスの世界で活用されることが多いので、当てはまらない部分も多少はあるが、ぜひとも、飼い主は「ボス」ではなく、「リーダー」になっていただきたいと思うのである。