びび子の日記…

人生半ばで獣医師になった人間が、仕事のこと、将来のこと、愛猫のこと、日常のことなどを綴ってみました。

犬に恐怖を与える罰

 「罰」というと、犬を叩く、チョークチェーンで首を絞めつける、仰向けにして押さえつける、マズルをつかむ…といった体罰を思い浮かべることが多いかと思う。体罰まではいかなくても、空き缶などに小銭などを入れて犬の近くに投げる、犬の入っているサークルやケージを叩く、などは?犬に自分の顔を近づけて睨みながら叱る、叩く真似をする…くらいは、ついついやってしまうことがないだろうか?

 

 ここでいう与えてはいけない罰とは、犬が恐怖や苦痛を感じるような罰のことを指す。先に述べたような罰は、どれも犬に恐怖を与えるもの。体罰はもちろんだが、犬の嫌いな音を近くで鳴らす、本来安心できる場所であるケージを叩く、顔を近づけて睨みながらきつい口調で叱る…、これらも十分恐怖を与える。

 

 では、なぜ罰を与えてはいけないのだろうか?

 一番の理由は、結局のところ効果がないから!効果がないだけではなく、逆効果になることもあるのだ。

 といっても、的確なタイミングと強さの罰を、常に一貫して与えることができるならば、効果が得られるかもしれない。的確なタイミングとは、やめさせたい行動が起こった後の1秒以内だと言われている(これは誉める時も同じ)。それを過ぎてしまうと、何が悪かったのかを犬は理解することができない。それどころか、犬はほとんどの場合、与えられた罰とその時の状況を結び付けて記憶してしまう。

 こんな例がある。「来い」と犬を呼んだのに、すぐに犬が来なかった。でも結局その犬は飼い主さんの元に来た。その時、「来るのが遅い」と言って飼い主さんが叱る。すると、犬は飼い主さんの元に行くことを叱られたのかと思ってしまう。誰だって叱られたくはないので、次からは喜んで飼い主さんの元に行かなくなってしまうことも起こりえる。このように、常に抜群のタイミングで罰を与えるというのは難しいと言われている。

 それから、罰は最初から十分な強さがなければ意味がない。不十分な強さの罰を与えても、犬は何度か経験すると慣れてくる。そうすると、それ以上に強い罰を与える必要が出てくる。そうしているうちに、結局は犬が深刻な苦痛や恐怖を感じるレベルの罰を与えざるを得なくなってくる。どの強さの罰を与えるのが効果的なのか、熟練の訓練士でない限り、判断するのは難しい。

 そして、同じ罰は一貫して与えなければ効果がない。ある時は罰を与え、ある時は与えないといった状況では、犬は混乱してしまう。また、家族の中でもばらつきがあると、これも無意味になる。

 

 さらに、罰を与えたことで、もっと深刻な悪影響が生じてしまうことがある。

 ハンドシャイという言葉をご存知だろうか。手で叩かれたり、マズルをつかまれたり、仰向けにされたりしたことに恐怖を覚えた犬が、人間の手を怖がるようになる現象である。犬を撫でようと手を伸ばす、あるいはおやつをあげようとして手を差し出す、この手の動きが犬の恐怖記憶をよみがえらせてしまう。そして、その恐怖から逃れようと、唸ったり、歯を剥きだしたり、咬みつこうとしたりする。もっと深刻なケースでは、犬のそばで何かを取ろうと手を動かしたり、自分の頭を掻こうとして手を上にあげただけで、唸って攻撃してくるようになったという相談を受けることもある。

 ハンドシャイはほんの一例である。大きな声で叱られながら叩かれたことに恐怖を感じた犬は、家族が大声でしゃべるだけで攻撃してくるようになったというケースもある。

  こんなのは罰じゃないと思って、何気にやっている飼い主の行動が、実は犬をとても傷つけてることがあるということを、ちょっとでも理解していただけたらと思う。